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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11413号 判決 1974年5月21日

原告

小山健一

被告

国際興業株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し八七万六、七三六円およびこれに対する被告国際興業株式会社は昭和四五年一二月八日から、被告上野紀一は昭和四五年一二月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その六を原告の負担、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告らは各自原告に対し八一五万九、〇〇〇円およびこれに対する被告国際興業株式会社は昭和四五年一二月八日から、被告上野紀一は昭和四五年一二月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

(一)  事故の発生

原告はつぎの交通事故(以下事故という。)によつて傷害を受けた。

1 発生日時 昭和四二年一一月二〇日午後八時一五分頃

2 発生地 東京都千代田区麹町六丁目六番地先路上

3 加害車 営業用普通乗用自動車(練馬五く二二九七号、以下被告車という。)運転者被告上野紀一(以下被告上野という。)

4 事故の態様 被告車が、道路を横断中の原告に接触し、転倒させた。

5 事故の結果

原告は事故の直後一時意識を喪失したうえ、事故により左下腿・頭部・右前腕打撲症の傷害を受け、事故当日ホテルニユーオータニ診療所で応急措置を受け、昭和四二年一一月中に虎の門病院等において精密検査を受けたところ脳波に異常があり、昭和四三年一月一六日以降においても治療の必要があると診断され、現在においては手を肩より上に挙げることができず、また、容易に首を回わすことができない状態である。

(二)  責任原因

1 被告国際興業株式会社(以下被告会社という。)は、被告車を所有し自己のため運行の用に供していたから自賠法三条によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

2 被告上野は、被告車を運転するに当り、前方不注視通行区分違反、制限速度違反の過失を犯し、右過失によつて事故を惹起したから、民法七〇九条によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(三)  損害

原告は事故によつてつぎのとおり損害を蒙つた。

1 診療費 三万四、〇〇〇円

2 入院準備のために要した雑費 二万円

3 通院交通費 五、〇〇〇円

4 衣服費 一〇万円

原告が事故当時着用していた衣服が損傷したので、それに代えて購入した洋服および下着の代金および下着の洗濯に要した費用である。

5 得べかりし利益の喪失による損害 五〇〇万円

原告は太平洋汽船株式会社、昭和企業株式会社等数社の代表取締役の地位にあるほか、個人として観光事業の企画・経営に当つているものであるが、昭和四二年頃グアム島に観光ホテルの建設を企図し、訴外三井物産株式会社の援助のもとに、原告がグアム島のホテル会社の株式を買収し、同会社名義で建設用地を譲り受けたうえで、実質的には原告自身の手でホテル建設を行ない、ホテル完成後はその経営に当るべく、その準備を進めていたが、昭和四二年一一月頃右株式買収等の交渉が進展せず、右事態を打開し、ホテル建設計画を完遂するためにはどうしても原告自身がグアム島へ行き折衝に当らなければならない情勢にあつたが、その矢先事故に遭い、受傷したため、受診した医師から事故当日以降数カ月間の旅行禁止を命ぜられ、結局グアム島へ行くことができず、このため右の株式買収、建設用地譲受が不能となり、右ホテル建設の計画もまた挫折せざるを得ない破目となつた、右のとおり、原告の右ホテル建設の計画は、事故による受傷が原因で中止を余儀なくされたものであるところ、予定どおりホテル建設が実現されていたならば、原告は右ホテル経営によつて少なくとも五、〇〇〇万円を下らない収入を得たことは確実であつたから、本件においては右損害のうち五〇〇万円を得べかりし利益の喪失による損害として請求する。

6 慰藉料 三〇〇万円

原告は、右太平洋汽船株式会社ほか多数の会社の全株ないしは大多数株を有する株主あるいは代表者として自ら経営にあたつている者で、事故による受傷のためこれらの会社の業務の遂行に多大の支障を来したばかりか、5で述べたとおり原告が精魂を傾けて当つていたホテル建設の計画を途中で中止せざるを得なくなり、これによつて非常な精神的苦痛を受けた。また、現在においても、前述のとおり本件の傷害による後遺症が残存し、種々の制約を受け、今後とも精神的苦痛を受けることが予想される。右のような事情を斟酌すると、原告の事故による精神的損害に対する慰藉料は三〇〇万円を下らない。

7 本訴請求外治療費の填補 三、〇〇〇円

原告は本件の傷害の治療のため、1記載のほか三、〇〇〇円を要したが、被告会社から既に右金額の填補を受けたので、本訴においては右治療費については賠償請求していない。

(四)  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し八一五万九、〇〇〇円およびこれに対する被告会社については本訴状送達日の翌日である昭和四五年一二月八日から、被告上野については本訴状送達日の翌日である同月六日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告ら(請求原因に対する答弁および反論)

請求原因第(一)項1ないし4の事実は認め、5の事実中、原告が事故により左下腿打撲の傷害を受けたこと、そのためホテルニユーオータニ診療所および虎の門病院において治療を受けたことは認め、原告が事故の衝撃によつてその直後一時意識を喪失したことは否認し、その余の傷害の部位・程度は争う。すなわち、原告は、事故によつてその直後一時意識喪失したことはなく、事故によつて軽微な左下腿打撲の傷害を受けたにすぎず、虎の門病院における昭和四四年一一月三〇日の検査では、脳波に軽度の異常が見られた旨その頃被告会社に連絡したことがあつたが、それは事故によるものかどうかは不明で再検査を要するという程度のもので、その後の再検査の結果では異常は認められていない。原告の事故による傷害は極めて軽微で、右の脳波異常も事故に起因するとしても一過性の軽度のものである。

同第(二)項1の事実中、被告会社が被告車を所有し自己のため運行の用に供していたことは認めるが、原告に対し賠償義務があることは争う。同項2の事実中、被告上野が被告車を運転していた間に事故が発生したことは認めるが、原告に対し賠償義務があることは争う。

同第(三)項1なしい4の事実はいずれも争う。同項5の事実中、原告が太平洋汽船株式会社等の代表取締役の地位にあること、昭和四十二年頃グアム島にホテル建設の計画を立て、その頃準備に当つていたが、その後右ホテル建設計画が中途で中止されたことは認めるが、原告の本件受傷のため、担当医師から数カ月間の旅行禁止を命ぜられたことおよびそのため原告がその頃グアム島へ行けなくなつたことが本件ホテル建設の計画中止の原因であることは否認する。すなわち、原告は事故のあつた日の翌日から会社に出勤していること、また、原告は昭和四二年一一月二八日に訴外三井物産株式会社における本件ホテル建設の計画に関する会議に出席したが、身体の不調を訴えていないことならびに原告の本件受傷の程度からみて、医師から旅行禁止をされていたかどうか疑わしい。このことは、原告が昭和四三年二月には台湾へ渡航している事実からも推測される。また、本件ホテル建設の中止の原因は、建設計画の遂行過程における原告と訴外金田誠との衝突にあつたと考えられ、原告が本件受傷のためグアム島へ行けなかつたこと(このこと自体も疑わしいことは既述のとおりである。)はその原因ではないし、仮に原告自身が行けなかつたとしても、原告の勤務する会社の規模・内容からして代替者の派遣がなされて然るべきである。右のとおり、事故と原告のホテル建設計画の中止との間には因果関係はないばかりか、仮に右建設計画の中止によつて原告に損害が生じたとしても、それは特別事情によるものであるから、事故と相当因果関係の範囲には含まれないというべきである。いずれにせよ、被告らは原告のホテル建設計画中止による損害を賠償する義務はない。同項6の事実中、原告がその主張のとおりの地位にあつたことは認めるが、その余は争う。原告の傷害の程度からみれば、原告の主張する慰藉料額は高きにすぎる。

三  被告ら(過失相殺の抗弁)

(一)  事故現場は、半蔵門方面から四谷見附方面へほぼ東西に通ずる都電軌道敷のある平坦な道路上であるが、同道路はその附近において車道幅約一四メートル、歩車道の区別があり、指定最高速度は毎時四〇キロメートルで、白色ペイントの標示のある横断歩道は、事故現場から約四〇メートル西寄りの信号機のある四谷駅前交差点にある。

(二)  被告上野は請求原因(一)項1記載の日時頃被告車に乗客一名を乗せ、四谷見附方面から毎時約四〇キロメートルの速度で軌道敷上を東進し事故現場に差しかかつたが、当時被告車に先行していた車両が急に左へ転把して左側へ寄つた直後、自車の進行する前方軌道敷上に原告がいるのを発見し急ブレーキをかけると共に左転把して接触を避けようとしたが、間にあわず被告車の右前部を原告に接触させ、その場に転倒させたものである。

(三)  事故発生原因としては、被告上野からみて、本件現場付近で道路が右に湾曲しているため、対向車の前照灯の光で進路前方が見にくかつたことと、先行車のため見とおしがさえぎられたことも挙げられるが、主として、原告が道路を横断するに際し、同所西方の交差点にある横断歩道を利用しなかつたことが事故原因と考えられる。原告の右過失は、原告の事故による損害額の算定に当り斟酌されるべきである。

四  原告(抗弁に対する認否および反論)

抗弁第(一)項の事実中、横断歩道の標示が四谷駅前交差点にあつたとの点は否認し、道路幅員、歩車道の区別の有無を除きその余は認める。

同第(二)項の事実中、被告上野が前記日時頃被告車に乗客一名を乗せて四谷見附方面から東進して現場に差しかかつたことは認めるが、その余の事故態様は否認する。被告車は毎時六〇キロメートル以上の速度で、並列して先行する二台の車両を同時に右側から追い越そうとして軌道敷内に進入した後、同軌道敷南外側において原告に接触したものである。

同第(三)項の事実中、事故直前頃被告車の対向車があつたこと、被告上野からみて前方の見とおしが悪かつたことはいずれも否認し、原告に過失があつたことは争う。事故は、既述のとおり、専ら被告上野の前方不注視、制限速度違反等の過失によつて発生したものであり、原告が横断した付近は、横断歩道の標識はなかつたが、事実上多数の者が横断していた場所である。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第(一)項1ないし4記載のとおり事故が発生し、原告が少なくとも左下腿打撲の傷害(傷害の部位、程度は後記三に詳述する。)を受けたことは当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  被告会社

被告会社が被告車を所有し自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、被告会社は、自賠法三条により事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(二)  被告上野

被告上野が被告車を運転中に事故が発生したことは原告と同被告との間で争いがないので、以下被告上野に事故発生について過失があつたかについて原告と同被告との関係で、また、原告に事故ならびに損害発生について過失ないしは落度があつたかについて原告と被告らとの関係で判断する。

1  事故現場は、半蔵門方面(東)から四谷見附方面(西)へほぼ東西に通ずる道路(通称新宿通りという。)上で、同道路上には都電軌道敷があり、指定最高速度は毎時四〇キロメートルであることは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕によれば、右新宿通りは、現場付近ではほぼ平坦で直線の道路で、前方の見とおしはよく、歩車道の区別があつて、車道幅員は概ね中央部に存する軌道敷(併用・複軌)部分を含めて約一六メートルで、軌道敷上は普通乗用自動車の進行が許されるアスフアルト舗装の道路であること、現場近くは横断禁止とはされていないが、その付近においては、右道路上に横断歩道はなく、現場から約一〇〇メートル西方の国鉄山手線四谷駅(麹町口)前交差点内に設置された横断歩道が右現場の直近の横断歩道であることがそれぞれ認められ、右横断歩道についての認定に反する原告本人の供述部分は〔証拠略〕に照らし採用せず、その他右認定に反する証拠はない。

2  現場付近の道路状況に関する1記載の争いのない事実および認定事実ならびに前掲各証拠によれば、被告車の運行状況等についてつぎのとおりの事実を認めることができる。

被告上野は、請求原因第(一)項記載の日時頃被告車を運転し、国鉄山手線四谷駅前から半蔵門方面に向けて新宿通りの都電東行軌道上を毎時約四〇キロメートルの速度で走行して現場付近に差しかかつたところ、当時夜間であつたが、右道路は平坦・直線の状態で、前方路上への見とおしは良好であつたのに、自車の進行する前方路上に対する注視を怠つたため、右道路北側歩道付近から南進して右道路を横断しようとして、都電軌道敷の中央から東行線寄りのところで、右道路上の西進車両が通過するのを佇立して待つていた原告を至近距離に至つてようやく発見し、被告車との接触の危険を感し、直ちに急ブレーキを踏んで避けようとしたが、間に合わず被告車の右前部バンパー付近を原告に接触させ、同所付近路上に転倒させた。

以上の事実が認められ右認定に反する被告上野紀一の供述部分は、〔証拠略〕に照らし措悟せず、また、右認定に反する原告の供述部分は〔証拠略〕に照らし措悟せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上の1および2の各事実にもとづいて検討すると、被告上野は、被告車を運転するに当つては、進路前方の路上に対する注視を充分に行ない、車道上とはいえ横断歩行者等がいないことを確認したうえで走行すべき注意義務があつたのに、これを怠つたため、原告の発見が遅れ、避譲措置をとる間もなく、事故を発生させたもので、これによると同被告には事故発生について前方不注視の過失があつたと認められるから、民法七〇九条により、事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。なお、被告上野は、事故当時は夜間で、かつ、被告車の対向車の前照灯の光線のため前方に対する見とおしが困難になつたことが、被告上野が原告を発見するのが遅れた原因の一つであると主張し、事故当時は夜間で、事故発生直前に被告車の対向車があつたにしても現場付近の道路状況に鑑みると、対向車があるときは、その前照燈の光によつて前方に対する見とおしが若干妨げられることは推認されるが、その場合は特に充分に前方への注視を行ない、必要に応じて減速をもなすべきであつて、前方に対する注視と義務の程度が軽減されるものではないから、被告上野の右主張のとおりであるとしても、被告上野に過失がないとか、過失の程度が軽微であるとはいうことはできない。

三  損害

〔証拠略〕によれば、原告は被告車との接触の際路上に転倒し、全身を打撲し、その衝撃で一時意識を喪失したが直ぐに回復し、独力で歩行も可能であつたので、その直後被告車に同乗して、ホテルニユーオータニ診療所へ赴き、応急措置を受けたが、同診療所では、左下腿打撲と頭部および右前腕に打撲の疑いがあり、なお精密検査の必要があると診断され、その後昭和四二年一一月二五日虎の門病院で診察を受けたところ、頭部外傷、左下腿打撲、右前腕打撲の傷害があるが、神経症候、レントゲン検査、超音波検査では脳神経に異常所見はないと診断され、以後同月二八日、三〇日、同四三年一月一七日、二三日と四回にわたり同病院に通院して診療措置を受けたほか、事故直後頃はほとんど毎日のように医師である妻により経過観察等の診察を受けていたが、各検査の結果では受傷部位等に顕著な異常所見は認められず、右打撲による左上肢および頸部の運動制限(左手を肩以上に上げることができず、また、首を左方向へ回わすのに制限がある。)の症状が残存するだけとなつたが、右症状のため昭和四四年一二月一八日東京電力病院に通院し、検査および治療を受けたが軽快せず、昭和四七年九月頃においても右症状は存在していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

なお、原告は昭和四二年一一月の虎の門病院における精密検査の結果脳波に異常があると診断されたと主張し、被告らにおいて、原告からその頃被告会社に対し右のとおりの連絡があつたことは自認するが、さらに、原告の右の脳波の異常は事故によるものか明らかでなく、再検査を要するが、再検査の結果は異常はなかつたと主張しているところ、原告は、本件において、右虎の門病院における脳波検査の結果等脳波の状態について、立証をしないので、原告に事故によつて脳波異常が生じたかについては、受傷について立証責任を負う原告に不利益に、すなわち右脳波異常はなかつたものとし損害を算定するほかはない。

以上の事実にもとづいて、事故によつて原告に生じた損害額を算定する。

(一)  治療費 三万四、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は事故による前記傷害の治療のため虎の門病院において各種検査、治療措置を受け、その費用として右記金額を下らない金員を支出したものと認められる。

(二)  入院準備に要した雑費 七、八八〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、昭和四二年一一月二五日頃虎の門病院において担当医師から入院するよう勧告され、その頃入院中に使用すべき日用品等を購入し、その費用として一万九、七〇〇円を支出したが、仕事等の都合で同病院に入院はせず、必要のあるときに随時通院して治療を受けた結果、前記のとおり事故による傷害はほぼ治癒したもので、結局右日用品等は全く使用されずに、原告の手許に保有されたままであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、原告は、事故による傷害の治療のため虎の門病院に入院することが望ましかつたが、結果的には通院によつても治療を受けることができ、傷害はほぼ治癒したこと(〔証拠略〕によれば、原告の社会的地位および仕事の立場上、右通院治療の方法は、原告に相当な努力を強いるものであつたと認められる。)、前記日用品等は結果的には不要で、全く使用されないまま、原告の手許に保有されていることが認められ、これらの各事実のほか原告の本件傷害の部位・程度等の諸事情に鑑みると、原告の右日用品購入費のうちその四割相当額(七、八八〇円)が事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。

(三)  通院交通費 四、七九〇円

〔証拠略〕によれば、原告は前記虎の門病院へタクシーを利用して通院し、その費用として前記金額を支出したことが認められ、原告の社会的地位等に鑑みると、右支出は本件事故による損害と認められる。

(四)  衣服損傷による損害 五万円

〔証拠略〕によれば、原告は、本件において被告車と接触し、転倒した際、着用していた衣服のうち背広服のズボンを毀損したと認められるが(その他下着等が汚・毀損したと認めるに足りる証拠はない。)、背広服は上・下服が一体となつて衣服としての効用を有するものであるから、右ズボンの毀損によつて背広服全体が損傷されたと認めるべきところ〔証拠略〕によれば、右背広服の損傷による損害額は五万円を下らないと認めるのが相当である。

(五)  得べかりし利益の喪失による損害 認めない。

原告は、事故による傷害のため担当医師から事故後数カ月にわたつて長距離の旅行を禁止され、その頃原告において準備を進めていたグアム島における観光ホテル建設計画の実現に欠くことができないグアム島での交渉をすることができなくなり、結局これが原因で右ホテル建設・経営を断念することを余儀なくされ、損害を蒙つたと主張するので、以下検討する。

原告が昭和四二年頃グアム島に観光ホテルを建設することを企図し、その頃訴外三井物産株式会社の協力を得て準備を進めていたが、その後右観光ホテル建設計画の遂行を断念したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると、次のとおりの事実を認めることができる。

原告は、太平洋汽船株式会社代表取締役副社長、昭和企業株式会社代表取締役社長等多くの会社の代表取締役あるいは株主の地位にあつて、その経営に当つているほか、個人としても観光事業の企画・経営を行なつているものであるが、昭和四一年から同四二年にかけて旧知の訴外金田誠の紹介で韓国国籍を有する訴外丁からグアム島における観光ホテル建設事業に対しつぎのように主として計画案作成および資金面での援助を求められた。訴外丁は、グアム島で観光ホテル経営等を目的とするパシフイツク株式会社(以下パ会社という。)を設立し、その株主および取締役の地位にあり、パ会社としてグアム島に観光ホテルを建設してその経営に当る計画を立てたが、資金面等で他からの援助を要するので原告にその援助を求め、その形式としては原告からパ会社への出資を求めたうえ(原告と訴外丁らの共同出資となる。)、観光ホテルの共同経営者の一員として参与を求めるというのであつた。

原告は訴外丁の右申出に対し、国際的事業の困難性および国際観光ホテルの経営目的からして、右の共同出資・共同経営の事業形態は好ましくないとの判断のもとに、訴外丁が原告にパ会社の所有株式全部を譲渡し(原告は訴外丁に右譲渡手続等に要する実費および相当額の謝礼金を支払う。)かつ同人がパ会社の取締役の地位からも退き、原告がパ会社の株主兼経営者(取締役)の立場で右観光ホテルの建設・経営を行なうこととし、訴外丁においても昭和四二年七月頃までは基本的には原告の右方針を了解し、協力を約していた。そこで、原告は昭和四二年七月頃までに右観光ホテル建設・経営計画を訴外三井物産株式会社に持ち込み、当時の同社社長の了承のもとに同社の人的・物的な協力約束を取りつけ、観光ホテル建設・経営のための具体的な計画案作成およびその遂行のための準備を進めていた。ところが、グアム政庁が昭和四二年七月頃パ会社に対してグアム島における観光ホテル建設の許可を与えたところ、訴外丁はその頃から原告からの前記申入条件でのパ会社の株式の譲渡に難色を示し始め、昭和四二年一一月二〇日の事故発生時頃においても訴外丁は前記約束にかかわらず原告に対する株式の譲渡に応じなかつたため、その頃においては、原告がグアム島で観光ホテルの建設・経営を行なうとの本件計画の遂行上の最大の問題は、いかにして訴外丁から株式の譲渡を受け、その手続を済ませるかにあるという情勢となつた。そこで、原告、訴外三井物産株式会社の担当者、訴外金田誠のほかグアム島政府上院議員である訴外沖山ら本件観光ホテル建設計画の関係者が昭和四二年一一月二八日三井物産株式会社本社海外施設部に集まつて、計画推進のための今後の対策を協議した結果、訴外丁をパ会社の株主および取締役の地位から退かせるために、(1)パ会社の取締役会の決議を行なう。(2)パ会社の株主総会の決議を行なう。(3)訴外沖山がパ会社設立の際払込資本とするため訴外丁に貸与した金員(銀行預金の形で保管されていた。)の大部分が使途不明であるから、同人に対し刑事手続による追及を行なうことをそれぞれ決定した。原告はその際原告の今後の方針について右各方法により訴外丁が法的にパ会社との結び付きがなくなつてから同人と協議する。同人がパ会社の株主あるいは取締役の地位にある限り、原告としてはこれ以上本件観光ホテル建設の計画を推進することはできない。訴外丁のパ会社からの排除に長期間を要するときは、本件計画の遂行を断念することも已むを得ないとの態度を明らかにした。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。ところで、その後の経過について、原告は、当裁判所において訴外丁は昭和四八年一一月末頃から一カ月余の間行方不明となり、そのため訴外丁をパ会社から排除するための右各方法を実施することができなかつた、と述べているが(原告ら本件計画の関係者は、訴外丁の意思に反して同人をパ会社から排除しようとし、刑事手続による追及までを検討したのであるから、同人が所在不明であるからといつて、右排除のための方法を実施し得ないということについては奇異な感じを免れないが他に何らかの原因があつたかは証拠上不明である。)、仮にそうとすると、前示認定事実と合せて考えると、原告ら関係者が、訴外丁の所在が不明であつたため、同人をパ会社から排除することができなかつたことが主な原因で原告が本件観光ホテルの建設計画の遂行を断念した(その時期は〔証拠略〕によれば、昭和四二年一二月頃と認められる。)のではないかとも考えられ、また、原告は、事故による受傷のため、グアム島に行けず、本件観光ホテル建設計画の遂行上重要な交渉をすることができなかつたことが原因で右計画の遂行を断念したと主張し、それに沿う原告の供述も存するが、原告が昭和四二年一一月の事故後同年一二月頃までの間にグアム島に行くことができたとしても、原告の前記供述のとおりとすると、訴外丁の行方は不明であつたから同人と交渉し得たかは疑問であるし、また交渉し得たとしても、原告の申入れに応じて訴外丁がパ会社の株式を譲渡したかは、前記認定の事実経過に照らし疑問があるというほかない。

右のとおり、原告の前記供述のとおりとしても事故による受傷が原因で、原告のグアム島における観光ホテル建設の計画が中止されたと認めるには疑問があり、他に右事実を認めるに足りる証拠はないから、原告が右ホテル建設計画の中止によつて財産上の損害を蒙つたとしても、それは事故と因果関係があるとはいえないから、原告の前記主張は採用することができない。

(六)  慰藉料 一〇〇万円

原告の事故による傷害の部位・程度、治療経過、後遺症に鑑みると、原告が太平洋汽船株式会社ほか数社の代表取締役等の地位にある(この事実は当事者間に争いがない。)者として、本件受傷(後遺症を含む。)によつて右会社の業務執行に支障を来たしたことおよびそれらによつて原告が相当の精神的苦痛を受けたことが推認されるが、右のほか事故態様等本件記録に現われた一切の事情を斟酌すると、原告の右精神的苦痛に対する慰藉料としては前記金額が相当である。

四  過失相殺

原告は、本件において、二(二)2記載のとおり、夜間横断歩道と指定されていない場所において横断を試み、道路のほぼ中央付近に一時的にせよ佇立していたときに事故に遭つたものであり、右のほか現場付近道路状況等の諸事情に照らせば、原告においても事故発生について過失があつたことは否定することができず、右過失等を斟酌すると、過失相殺として原告の損害額(請求外の損害を含む。)からその二割を減額するのが相当である。

そこで、原告の本訴請求にかかる損害の合計額は一〇九万六、六七〇円であるところ、原告は、右のほか治療費として三、〇〇〇円を要したが、被告会社から既に填補を受けたことを自認するので、総損害額について二割の過失相殺をし、さらに填補を受けた三、〇〇〇円を控除すると、八七万六、七三六円となる。

五  結論

右のとおり、被告らは各自原告に対し八七万六、七三六円およびこれに対する本訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな被告会社は昭和四五年一二月八日から、被告上野は昭和四五年一二月六日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨 大出晃之 大津千明)

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